私の現在・過去・未来、世の中の現在・過去・未来を語って参りたいと思います。
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最新医療
2012-10-20 Sat 16:53
危篤状態の母に24時間看護が必要だった為、ブログは暫くお休みさせて頂いてました。

母の体調がお盆辺りから一気に悪化し、病院に連れいていくと即入院。
初めて癌を患ってから14年、担当の医師からも長く無い事を告げられ、もう自宅に
帰る事は出来ないとも言われました。

しかし、最後の希望を持ち抗がん剤の投与を開始。
抗がん剤の投与と供に、死の恐怖を和らげる為に坑うつ剤の投与もされました。
坑うつ剤を飲み始めると、本人はまるで夢の中にいるようで、何十年も前に無くなった自分の姉や
先日亡くなった父の名前呼んでいました。
きっと幻覚でも見えていたのでしょう。

主治医だけでなく、看護スタッフそして家族まで母の死を悟っていましたが、抗がん剤投与による
治療が劇的に効き、なんと自分で食事が取れるほどの回復しました。
誰もが母の生を諦めていた時、母だけは諦めてなかったのか。
何と退院し、今では日常生活が送れる程に回復しています。

現代医療の凄さを実感した次第です。
また、ありがたいもので、高額医療の補助制度により、治療費も事のほか安価に済みました。

税金、キチンと払いますw
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自衛隊勤務の嫁
2012-09-11 Tue 23:35
久しぶりの更新です。
ちょっと精神的にブログを書く気分ではなかったのですが、書き記したい事が出来たので
書いてみました。

うちの母ちゃんが7月頃から体調を崩し、入退院を繰り返していたのですが、
8月中頃に入院した後、退院出来る目処が立たなくなった。

癌を患い14年間闘病生活を送り、ついに末期患者となりました。
毎日、きつい抗がん剤と抗うつ剤、痛み止めのモルヒネを服用しているうちに
認知症まで併発してしまい、幻覚でも見ているのか、先に他界した自分の姉妹
の名前を呼んでみたり、明らかにおかしな言動をしています。

その中の一つで私のメンタルに一番堪えるのがタイトルにある

「自衛隊勤務の嫁」の話だ。

アラフォー世代の私は未だ独身なのですが、結婚について、今まで特に深く
考える訳でもなく、ノホホンとお気楽な人生を送っておりました。

親からも特に「結婚しろ!」とも言われたことがなかったし。

ただ、やはり子の嫁や、孫には会いたかったのだろうと思います。

母ちゃんが認知症を患った中で、日頃看病に当たる姉に
「息子の嫁が気が強くていけん!あんなに気が強くてはうちの家族と上手くやって
いけない」と愚痴をこぼしているそうだ。
その母の妄想の嫁が自衛隊勤務らしい。

私の故郷は自衛隊の基地の街で、自衛官の姿が日常生活の中に溶け込んでいます。
で、ノホホンとした私の性格に合うのは気が強い女じゃないのか。と、日頃から
考えていたのでしょう。
気が強い女=自衛官
と結びついて「自衛隊勤務の嫁」になったでしょうかw

この話を姉から聞くたびに心が痛み…
「早く結婚して、嫁の顔位見せてあげたら良かった」
と、後悔の念が頭から離れません。

この年になって初めて分かる・・・
親、家族って大事ですね。
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DEAD ALIVE
2012-08-22 Wed 15:38
先日、昔からの友人連絡があった。
何でも7月に子供が生まれたそうで。
五体満足で生まれたそうで、まずは一安心。
落ち着いたら、子供の顔でも見に行きたいところだ。

こうして、日々新しい命も誕生しているが、同時に、毎日、命の灯火が消えていく事実もある。
今年の2月に私の実父が亡くなったのだが、それに続いて実母も先日主治医から死の宣告を受けた。早ければ数週間、持っても数ヶ月の命だそうだ。

母は約14年程前から癌を患い、ずっと闘病生活を送っていたが、現代医学の進歩によりたまに入院する以外は、健常者と変わらない生活を続ける事が出来ていた。
が、父の死を看取って暫くすると、急に体調が悪化し、主治医の話によるともう退院する事も出来ない。との事だった。

私は3人兄弟の末っ子で、尚且つ両親が割りと高齢で出来た子、しかも上は二人とも姉で、長男という、甘やかされて育つ代表例のような存在だ。
自分主観では分からなかったが、周囲からはそのように言われて育ったのだ。
まあ、両親だけでなく、二人の姉も相当私に甘かったと思う。
物心ついた頃から、欲しいものは何でも買って貰えた記憶があるし。

恵まれた(?)環境で育った私は、案の定、大人になるとボンクラ息子になりました。
社会に出ると、まあ、世間の風は冷たい、冷たいw
若い頃は結構荒んだ生活をしていましたが、どんな生き方をしていても、肉親というのは、常に暖かく見守ってくれる存在だった。
母にも相当苦労をかけたと思う。いや、本当に。
ただ、そんな世間の冷たい風に晒され、多少の苦労を身に纏うと、少しはマトモになったのではないかと思う。
5年前から商売を始め、多少の小銭を持つ事が出来るようになった。

父が亡くなり、実家で病気がちの母一人で生活させられないので、同居しようと母に誘いかけると、やはり長年住み慣れた地域から離れるのが忍びないのか、なかなか「うん」と言わない。
少しづつ環境に慣れさせようと、週末ごとに私の家に連れて帰り寝泊りさせるようになった矢先に体調を崩した。
本当に、「これから」と言う時だった。
残り少ない人生を、楽しい思い出で締め括らせて上げたかった。
なんだかんだで、家に寝泊り始めると、実家に戻りたくなさそうだった母。
せめて、あともう少し・・・
2年、いや1年でも良かった。
日常生活が送れる程度の健康が保つ事が出来れば・・・
今振り返ると、後悔の念ばかりが頭を過ぎる。

いつまで母と同じ空気を吸い続ける事が出来るか分からないけど、この愚息に出来る目一杯の看病をしたいと思う。
最近更新が途絶えていたのもこの為です。
家族全員で、最期の瞬間まで側にいたいと思います。
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ブログ始めました。
2012-06-05 Tue 15:16
皆様、初めまして!

日頃、人様のブログやHPを拝見してばかりで、こうして自らブログを立ち上げるとは夢にも思いませんでした。
何分、筆不精なもので、いつまで続くか分かりませんが、続く限りお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。

さて、記念すべき1回目の雑言ですが、1回目のお題は「私」がどんな人間なのか個人情報を特定されない程度に書き記したいと思います。

現在の私

中国地方の中核都市で、不動産業を営んでいます。
不動産と申しますと、一般的なイメージは、

ダーティ
成金
派手
遊び人
騙される

など、碌なイメージがありませんな。いや、自分で書いてて改めて思いました。
しかし、かく言う私は上記のイメージとは正反対の人間です。いや、本当に!
だから、儲からない(笑)
ちなみに年齢はギリギリaround the fortyです。

過去

20代前半で不動産業に足を踏み入れました。
当時、バブルの全盛期で、一番の花形産業でした。
一億総不動産屋。
シティホテルのロビーには、柄の悪い不動産屋と不動産ブローカーが屯し、どす黒い笑い声を上げる。
皆が、株や不動産への投資に熱狂した時代でした。
ただ、私自身はその頃まだぺーぺーの見習いで、一切良い思いをしていません(笑)

現在

バブルの派手な時代から紆余曲折、20数年が経ち、この業界で何とか生きてきて5年前に開業しました。
この4月で6年目に突入です。
決して儲かってはいませんが、何とかお金をグルグル回して生きてます。
金融機関から多少の融資もしてもらえ、物件転がしもささやかにやってます(笑)
金に余裕は無いですが、ほんの少しだけ気持ちに余裕が出来てきたので、ブログなんぞを立ち上げてみた次第です。









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